Say You!バックナンバー・コーナー

■ 学院長および講師からのメッセージ ■

002 『アテレコ制作五十周年』 学院長・勝田 久

(2006.11.25 UP)

 十月二十五日夕刻より東京赤坂のプリンスホテル五色の間に於て「外画動画吹き替え 五十周年記念」の大パーティーが催された。声優を傘下に擁する日本俳優連合、それに音声制作業界連盟、マネージャー協議会を加えた三者の合同主宰によるもので、参加者は二千人を超えた。

 まさにアニメーション録音業界、声優業界の繁栄を象徴しているかの如き賑わいとなった。僕も会場の人の波にもまれながら、古い仲間達と語り合い、勝田の卒業生の挨拶を受けたりしてご機嫌な一刻を過ごすことができた。

 光陰矢の如し、早いものだ、外画のアテレコを開始してからもう半世紀も経つのだ。 テレビの放送開始から今年は五十三年目に当る。という事はこの仕事は放送開始から三年目に始まったという事だ。ぼくの第一回目のアテレコはと記憶の糸を辿って思い出してみる。TBSの「海賊サルタナ」のキャプテン役だった。海賊船だから登場人物が多い。ということでこの仕事の声の出演は「劇団テアトルエコー」のユニットでということになった。そのエコーの代表の熊倉一雄君が、エコーの人間でないぼくを選んで呼んでくれたのだ。クマちゃん有難う!この恩は一生忘れないよ。あの時クマちゃんが声を掛けてくれなかったら、今日の僕は存在しなかったかもしれない。何しろその頃ぼくは ラジオの番組をいくつも抱えて、毎日ラジオ局からラジオ局へと駆けずり回る生活を送っていたからだ。当時放送界はまだラジオ全盛時代だったので、テレビのほうに顔を向 ける声優は少なかった。

 しかし舞台を根城にしてテレビの方向を睨んでいたクマちゃんは先見の明があったのだ。これからは外国テレビ映画全盛の時代がやってくると睨んで果敢にテレビ局の映画部に接触して劇団ユニット出演のアテレコの仕事を手に入れたのだ。

 やがて、ぼくの仕事はアメリカ映画のアテレコが中心になった。シリーズ物を何本も録った。最も人気のあったのがハワイを舞台にした「サーフサイド6」。ワイキキ の浜近くの岩壁に繋留されたスマートなボートをオフィスとする若い私立探偵が主役の洒落たタッチの楽しい映画。毎週毎週画面一杯にセレブな世界が作り出されて行った。当時日本人は貧乏人ばかり。画面を観てはハワイに憧れ、ハワイに旅することを夢見たものだ。

 それから数年たった昭和三十八年、我が国初のテレビアニメ「鉄腕アトム」誕生。声優たちのアニメ出演が始まった。紙に書いた絵を連続撮影したアニメフィルムに声を当てる。なんとせわしない仕事なのだろうと、誰もが一時は尻込みした。四十代の人の運動神経ではとてもついて行けないということで脱落していった人も大勢いた。あの当時 、誰が今日のアニメ隆盛を想像し得たであろうか。

2006年11月発行「Say You」第133号より抜粋

以降、続々登場予定!

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