Say You!バックナンバー・コーナー

■ 学院長および講師からのメッセージ ■

『声優と演技I』 学院長・勝田 久

(2006.10.20 UP)

 1948年夏。この年の夏は殊のほか暑かった。いや、東宝ストライキの煽りをくらって突然失業の身となった僕には殊更にそう感じられたのかもしれない。

 商業演劇の世界ではギャランティが戴ける。一ステージいくらと決められて出演ステージ数に応じて出演料が支払われるのだ。土日には二ステージが原則だが、スポンサーつきの団体鑑賞会などが飛び込むと三ステージとなる。肉体的にきついが、収入も多くなるので誰も文句は言わない。演ずることの好きな連中の集まりだからかもしれない。

 半年以上に亘る商業演劇界の生活で貯えも出来た。その金を懐に毎日興行街へと向かった。遊びが目的ではない。自分というコマを次はどこへ進めるか模索のためだ。昨日は浅草六区街を歩いた。僕は浅草の近くに生まれそして育った。ついつい足は浅草に向かう。ひょうたん池の側にその興行街がある。映画館が封切館から二番館三番館……洋画専門館と二十館近くもあったろうか。劇場も軽演劇・レビュー・剣劇・女剣劇……サーカスと十館ほどもあった。

 僕の足はどうしても劇場の前で止まってしまう。そして目は大看板に連ねられた出演者の名前へ。どんな役者が今舞台で活躍しているのか、そしてその一座を率いるスターは誰か、演出は誰かを入念にチェックし頭に叩き込んでしまう。

 その日は森川信一座の喜劇を見る事にした。チケット売り場の前に長蛇の列が出来ていたからである。美味い物を食わせる食堂の前には食わせる食堂の前には列ができる。面白いものを見せる劇場の前には人が屯している。森川信一は当時、エノケン・ロッパに次ぐコメディアンとして人気急上昇中であった。後に松竹の寅さんシリーズで初代のおいちゃん役を務める事になる。この人の人気の秘密は人を笑わせる為に小細工をするのではなく、人間を飄々と演じて、人生の哀感を感じさせてくれる事にある。この日の演技も素晴らしかった、魅力ある役者だ。

 明日は新宿へ行ってみよう。歴史のある「ムーランルージュ」にはこの間まで一緒だった先輩が新規加入で出演している。満州帰りの森繁久弥も参加したと聞く。
(つづく)

2005年11月発行「Say You」第126号より抜粋
以降、続々登場予定!
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