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NHK研修生の第四次試験、最終日である。人数もぐっと減って十五名ほどに絞られている。すぐに順番は来た。マイク前に座り課題を広げると、スピーカーから偉そうな人の声がする。「ハイ、内容はすでにお読みになってお分かりですね。ではその内容を出来るだけ詳しく説明して、それから演技に入って下さい。次の朗読もそのようにお願いします。では5秒後にスタートです。5・4・3・2・1・・・・・・ハイ」
喋る内容は予め練習してきているから、自分でも驚くほど落ち着いて堂々と出来たが、放送の世界を良く知らないズブの素人だったら、肝が縮む思いをしたのではないだろうか。「今回のテストは気楽に受けて下さい」と、以前プロデューサー氏がぼくに言った言葉はこれを指していたのかも知れない。四次試験の結果はすぐに郵送されてきた。いよいよ最終の面接である。当日案内された小会議室に入ると、目の前にズラリと今までどこでも会ったことの無いような偉そうな中年の紳士が七・八人座っている。何だかこちらを睨みつけているようである。睨み返そうと思ったが、この際まず愛嬌よくいこうと考え、ペコンとお辞儀をしてニッコリと笑って見せる。つづけて「勝田久です。よろしくお願いします」。あちらさんもつい気を許してニッコリ笑う。作戦成功だ。その後、難しい質問も無く、家族のこと、健康のこと、戦時中の話など十分ほど語り合って面接終了となった。それから一週間ほど経った頃、NHKの大きな封筒が送られて来た。研修生合格の通知であった。合格決定に驚いたのはおふくろであった。「十月からNHKへ通うよ、受かったから・・・・・・」と報告するとおふくろは吃驚して、「そりゃ大変、服もなければYシャツもない。どうしよう・・・・・・」。喜んでくれると思ったのは甘かった。そういえば通勤するにはスーツもいるし、Yシャツやネクタイもいる。空襲で焼け出された我が家には、気の利いた服なんてあるわけがない。疎開しておいた行李の中から白絣の浴衣を探し出し、おふくろはこれまた疎開先から戻って来たシンガーミシンでカタカタとYシャツを縫い始めた。服は父親の着ていたカーキー色の国民服を染めて着ていく事にした。ぼくは薬局に走ると紺色の『みやこ染め』を買い、近所を駆け回り焼け残りの廃材を手に入れて火を燃やした。大きなバケツで湯を沸かし、紺色の染料を投げ入れると、紺色の泡がグツグツとバケツの中で踊り出した。九月も半ばを過ぎていたが、額から汗がダラダラと流れ落ちた。軍国色の国民服が、見る見るうちに紺色に染め上げられていく・・・・・・
(つづく)
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